AirPods(2016) レビュー

購入の経緯

AirPodsはAppleから2016年に発売された完全ワイヤレスイヤフォンだ。
私は昨年(2017年)の秋にそれを購入した。
2017年はiPhone8(plus)とiPhoneXが登場した年で、発売すると同時に月月割やキャンペーンでの買取価格を巧みに操作して、本当の価値(バリュー)をわからなくさせるソフトバンクとのギリギリの心理戦の末に、私はiPhone7を購入した。
同時に、イヤフォンジャックもジョグダイヤルも備えていないことに気づいた私は、いわば毒喰らわば皿までの心意気で、AmazonでAirPodsを注文をしたのだった。


小宇宙(コスモ)

しかし、結果から申し上げますと、使い始めるとパラダイムの転換が起こり、iPhoneの周辺機器としてのAirPodsではなく、AirPodsの周辺機器としてアップル製品が立ち上がってきたのです。iPhoneはもちろんのこと、AriPodsのリモコン としてAppleWatchが欲しくなるし、リビングのAirPodsの繋がらない第3世代AppleTVもApple TV 4Kに買い換えたくなってくる。

これは業界は異なるが、マキタがバッテリーを中心とした小宇宙(コスモ)を描くことと相似している。
マキタの小宇宙(コスモ) (「マキタ総合カタログ 2018-10」p.14-15)
http://www.makita.co.jp/product/ecatalog/all.html
地動説を唱え始めたコペルニクスもこんな気持ちだったのかもしれない。


Winter has come.

接続の容易さや、ワイヤレスフォンにつきものの「遅延」が少ないことについては、多くの識者のレビューをインターネット上で読むことができる。
それから寒い冬が来て、完全ワイヤレスであることのメリットは日増しに高まった。 耳《Mimi》の周辺で起こる、眼鏡のつる、マスクの紐、マフラー、イヤホンのコードによる【もつれ】(英: quantum entanglement)の解消に一役も二役も買ったことは明記しておいた方が良いだろう。


新しい江戸しぐさ

しかし、何と言ってもこの小さな白いガジェットが人を惹きつけるのはケースが立てる小気味よいパチンという蓋を閉める時の音ではないだろうか。それはまるで世界の秘密を閉じ込めた小箱の錠前に鍵をかけるような神秘的なサウンドだ。

動作を超えて、仕草になる。

私がNPO法人 江戸しぐさの正会員であったなら、「AirPodsのケースを小粋に閉じる」という所作を江戸しぐさに推薦したに違いない。

昨今の禁煙・分煙ブームの煽りを受けて、スクリーンの上で俳優が魅力的なスモーキングスタイルを見せることが少なくなった、などという憂いの声もあるようだ。
そこに登場したのが、AirPods。そんな捉え方もあるのではないか。
僕たちは、いつだってそんな映画を夢見ている。


静江

「静江!」
地下鉄のプラットフォームに大きく響いた僕の声は、仕事帰りの時間帯の喧騒の中に埋もれていく。
プラスチックシティTOKYOの冷たい人たちは何も聞こえないように自分の前だけを見て足早に僕の横を通り過ぎていく。

静江はこちらを振り返らなかった。
その背中は近づくことを拒んでいるようで、僕はわずか2、3メートルの距離を詰めることができずに、その場で息を吸い込むと「なあ、俺たちやりなおさないか?」と声をかけた。
静江は動かなかった。
もう一度口を開きかけた僕を押し止めるように警笛を鳴らして背後から電車が滑り込んでくる。
トンネルから押し出されて巻き上がる風に彼女の黒いロングヘアーが大きく波を描いた。
電車が停まり、ドアから吐き出された人たちの灰色の影に静江が僕からは見えなくなる。降りる人が途切れると、潮の満ち引きのように今度は閉まる扉に挟まれないよう注意をうながすアナウンスが耳には届いていない遠くから走ってきたサラリー(ウー)マンが次々と滑り込んでいく。発車のベルが鳴り、灰色のヒューマンをいっぱいに詰め込んだ銀色の地下鉄は黒い穴の中に吸い込まれていった。
静江はこちらを向いて立っていた。

静江はうつむいて、宝石箱のような小さな白いケースをスタジアムジャンパーの右ポケットから取り出す。
それから僕の知らない愛しい恋人のニップルをつまむように指先でふたつの小さな白い貝殻《AirPods》を取り出すと、黒いロングヘアーの隙間から覗くふたつの小さな白い貝殻《MimiTabs》に優しく挿入する。

波が引くように喧騒が遠のいていき、ケースの蓋を閉じるパチンというサウンドはっきりと聞こえた。
それが僕たちの終わりの合図だというように静江は振り返って歩き出した。
彼女の心の中には僕には聞こえないナンバーが流れ始めている。